拠点を移して
相変わらず動き回って2月が風のように過ぎていった。

西国では琵琶湖に浮かぶ島の取材へ出て、船旅にはまだ寒さが
残っていたが、海風が忘れかけていた風景を思い出させてくれた。
近江は夏の風物詩も良いが、湖東の冬は北国にも似た地域がいくつもあり
雪深く好きだ。だが暮らすとなるとそれなりの知恵と覚悟が必要だろう。
自転車でJR木ノ本駅周辺を走り抜け、古き町並みを横切り、
山へと続く道は抜けが良く心地よかった。
こういうところに差しかかると必ず神社の鳥居が見えてくる。
聖なる大地は昔も今も変わらない。
この辺りの集落には密やかに祀られている十一面観音像が
いくつかあり、以前から訪れたいと思っていた。
文字通り、人々の手によって守られてきた仏像は、時には災難から
逃れるため土に埋められ、時と共に再び光の差す場所へと戻され残った。
神仏から伝わる特有の安堵感は、そうした波乱と隣り合わせに
生きた証によるものだろうか。

仏像を前に目を閉じ、身を出来るだけ小さくし、山から降りてくる
風の流れに従い全身の力を抜く。
するとあたらしい命が身体に吹き込まれ、気が漲ってくる。
こうして力を頂き、日常に帰る。

今日では東から旅に出ても、多くの人々が湖国を知らぬ間に通り抜け、
京都に辿りついてしまうが、近江の懐に一度入ってみてはどうだろう。
案外、未だ見ぬ日本の原野が広がっているかもしれない。

仏像を案内してくれたあるお婆さんはこんなことを言っていた。
「井上靖さんが、良く訪ねに来てくれはってね。まぁ、いつでも
初めてお会いになるような眼差しで拝んでおられましたわー」と。

帰り道に橋から川を見下ろすと、雪解け水で勢いついた川は暴れて
白く濁って見えた。だが平野へ出ると衣変えしたかのように水は透き通り、
さっき見た景色はもうすでに遠くへと流れて去ったかのように澄み渡っていた。

東北へも出掛け、洞窟を訪ねた。
しばらく空気の流れない土の下へくぐってゆくと、
動物の腹の中を歩んでいるような不思議な錯覚が起きた。
地上に戻ったら、いつもならば気がつかない土のにおいがじんわりと
鼻に届き、太陽がいつも以上に眩しく、空気は数倍も美味しく感じられた。

洞窟と言えば、3.11から一年を迎える節目には前から映画を
見ようと決めていたので、ヴェルナー・ヘルツォーク監督によって
その姿が明らかとなった南仏のショーヴェ洞窟を記録した映画
「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」を観に行った。
この日には、どうしても人間が古代に描き残した美しい絵画を見たいと
思っていたのだ。だが理由などあってないようなものだ。
とくかく素晴らしい作品と出会い今日を見つめ直すきっかけを
持とうとだけ願って出掛けた。

その他、月末には大きな出来事がいくつか続いた。
11年暮らした横浜から九州に引越したこともその一つ。
かなり突然の決断だったので、こうして驚かすような告知と
なってしまったが、引越しの季節はいつでも嵐のようにやってくる。
僕らしいと言えばそれまでだか、思い切って基盤を変え、
あらたなる旅へ出ようと思い、関東からの引越しを決意した。
よって今後はここ福岡が暮らしの拠点となる。
とは言っても東京を中心に制作の現場や進行中のプロジェクトが幾つか
あるので、月一くらいのペースで首都圏ベースの活動は変わらず続いてゆく。
来週も都内にて仕事の打ち合わせやイベント
「THE PHOTO / BOOKS HUB TOKYO 2012」への出演なども
予定しているので興味のある方はのぞきに来て欲しい。
どうやら表参道に本屋が集結し、賑やかなことになりそうだ。

ここ数日の九州は風が強く、24日には中国内陸部の砂漠地帯で巻き上げられた
黄砂が西風に運ばれ届き、観測された。今年も春が近づいている。

今後の予定だが、4月からはしばらくヨーロッパ北部へ旅立つ。
すでにアシスタントは準備に追われ、駈け回っている。
僕らの春は一旦おあずけだな。
もうしばらく冬空の下を突っ走ったら、戻って来ます。
2012.03.25 Sunday │ Life/Residence
故郷を思う
アシスタント東です。
長らくブログを更新していませんでしたが、津田さんは相変わらずあちこちに
動きながら思考を働かせております。
現在、春から海外で参加するグループ展の準備を進めているところです。
詳細が決まりましたらあらためてニュースにてお知らせいたします!

私達は年末年始から東北、関西、九州などしばらく移動が続いていましたが、
先週は滋賀県へ行っていました。連日のように日本各地でも積雪に関するニュースが
流れていますが、滞在していた湖東でもちょうど一晩にして雪が積もり、
車も電車も前にも後ろにも進めない状況で自然の威力を目の当たりにし、
予定していた目的よりも雪を見に行ったような感じで一日が過ぎてゆきました!



私事なのですが1つお知らせをさせていただきます!
昨年大阪にて「my home town わたしのマチオモイ帖」という全国の
クリエイターが自分の生まれ故郷や育った町、思い出の町などを
1冊の冊子にして紹介するプロジェクトが始まりました。
そのマチオモイ帖の3回目の展覧会が明日から東京ミッドタウンにて始まります。
私も参加させていただいているのですが、写真家やイラストレーター、デザイナー
の方など全国色々なところから330冊程の冊子が集まっているようです!
その町に住んでいる人、その町を愛している人達それぞれの目線で
作られたとても温かな冊子です。
ガイドブックからは発見出来ない面白い小ネタが沢山詰まっていることと思います!
お近くへお越しの際はどうぞお立ち寄り下さい。

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東京ミッドタウン・デザインハブ特別展
「my home town わたしのマチオモイ帖」

会期:2012年2月10日(金)〜2月26日(日)11:00〜19:00(会期中無休・入場無料)
出展内容・参加クリエイター:
全国各地の町を題材にしたオリジナルのミニブック278冊、ムービー47編
地域別:北海道 / 東北 / 関東 / 中部 / 近畿 / 中国 / 四国 / 九州 / 海外
部門別:ミニブック / ムービー
(※出展数・参加クリエイターは、2012年2月6日現在)
主催:大阪市、(財)大阪市都市型産業振興センター クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町
共催:東京ミッドタウン・デザインハブ
企画・制作:my home town制作委員会[188 Corporation / アサヒ精版印刷(株) / 清水 柾行(aozora) / 廣瀬 圭治(キネトスコープ社)]
協賛:キヤノンマーケティングジャパン(株) / 平和紙業(株)
協力:(株)アートワークスタジオ / (株)ナッシュスタジオ / (株)モリサワ / (株)ライフサイズ
*関連イベント:2月10日にオープニング、2月26日にクロージングイベントがあります。
詳細は以下HPをご覧下さい。
http://www.mebic.com/machiomoi

2012.02.09 Thursday │ Event
展覧会を終え、来週は朗読会
関東・関西それぞれで開催した個展を終え、10日が過ぎた。
会期中も仕事で各地を走り回っていたので、展示会場の
ギャラリーへはほとんど居ることがなかったが、
その間展覧会を多くの方に見て頂き、感謝の気持ちで一杯だ。
東京ではヒマラヤ文化圏に属するブータンにて撮影をしている
新作「REBORN」の第一幕を発表、京都から足を伸ばし
琵琶湖の望める丘に在る成安造形大学では、2005年の
発表以来7年経た今でも展覧会が続いているシリーズ
「漕」(Kogi)の過去最大規模の展示を行った。
共に見逃した人達からも多数メッセージが届いていたので、
展示会場の写真をわずかだが載せておこうと思う。
作品について詳しく知りたい方は、Newsでもすでに紹介を
してあるが雑誌「エココロ」に掲載中の最新インタビューや
ハイファッションオンラインのサイト内で見て頂きたい。
hiromiyoshii「REBORN」展
hiromiyoshii「REBORN」展
hiromiyoshii/東京 2011
成安造形大学「漕-そでの中の話」展
成安造形大学「漕-そでの中の話」展
成安造形大学/滋賀 2011

11月は展覧会の開催へ向けて図らずもダライラマ法王14世の来日、
その後ブータン国王の来日が重なり、チベット密教との縁深きひと月となった。
僕も合わせて久し振りに高野山へ参拝に出向いた。
山では紅葉がはじまり木の葉はすでに色付き、早朝の
参道では身の引き締まるような冷たい風が吹き抜けていた。
奥の院へと続く一本道は、いつ歩いても子供の頃毎日歩いていた
神戸の山道の先を歩いているような錯覚がして、落ち着く。

月の半ば過ぎには展覧会に合わせて関連イベントや
華道家・片桐氏との室礼などで頻繁に関西入りをしていた。
室礼についてはすでに取材を受けたものが年明けには
誌面でも紹介されるのであらためて紹介したいと思う。



今年も残すところひと月あまりとなったが、最近は
言葉の仕事が続き原稿書きや作詩をしたりしていた。
写真と違って得意ではないので、大体は場所を移し挑んでいる。
詩を書くにあたっては海が見たくなって、唐津へ出掛けた。
都心を飛び出し、一晩中波音の聞こえるホテルの椅子から
ずっと白波を眺め過ごした。
部屋には窓があったけれど、海と一つのようだった。
朝がやってきて、海を歩いた。


そう言えば、来週には大阪にて朗読会に参加する。
予約の状況とかが良く分かっていないが、
蝋燭の灯りだけで言葉を紡ぐ一夜となるだろう。
2011年は日本のどこに暮らす、誰であっても、
忘れることの出来ない春があった。
そのことを想い、語らい、過ごす一夜にしたい。

そして僕は年末再び東北へと向かうつもり。
東北の厳しき冬はこれからはじまる。
そこで出来るだけ温かい朝を迎えて、年を越したい。
2011.12.11 Sunday │ Exhibitions
塩竈フォトフェスティバル無事終了!
先週、宮城県で行われた塩竈フォトフェスティバルへ行ってきました。
メインイベントであるポートフォリオレビューのレビューワーに
津田さんが呼ばれて初めて参加したのですが、決して関東や関西以南
より近いと言えない東北へ写真を志す若い人達が集まり、レビュワーとなる
ギャラリスト、写真家、出版社の方など色々な分野からの8名が集結し、
写真と向き合う時間がたっぷりの2日間でした。





大賞や特別賞を決める場も見ていたのですが、それぞれの真剣な意見の
ぶつかり合いの結果、前向きに、写真をこれからも頑張っていってほしい、
という思いで大賞が、亡きお父さんを撮影してまとめられていた倉谷さんに
決定しました!


おまけ!

一日目の夜には塩竈出身で塩竈フォトフェスティバルを続けて
街を盛り上げている写真家の平間至さんのつながりで駆けつけて
下さったミュージシャンの方々のライブで盛り上がりました。
震災後しばらくして訪れた塩竈はまだ信号機が消えていたような
状態でしたが、今回少し街中を見たところ営業を再開しているお店や、
今回のフォトフェスティバルでも地元の人達がボランティアで
沢山関わっていたりとみんなが頑張っていこうとする姿が見えました!

また朝の時間に地元の方に案内していただいて東北一大きいという
塩竈神社へお参りに行ってきました。
平安時代の記録に残っている今は雑草が伸びきっている高台から
今道となって家や店が建ち並んでいるところが元々海だったと聞きながら
神社のあたりを眺めると風情のある昔の風景が目に浮かぶようでした。
参道から、200段の階段を見上げた上にどっしりと構える塩竈神社は
宮城の人達を見守ってくれるような大きな存在に見えました。
この日は東北でも半袖でいいくらい暖かい日で神社は
七五三参りの家族連れでとても賑わっていました!

平間さんを始めとする故郷を愛する人達の力が加わり、
また何年かして塩竈の風景が地元の人達や旅人が好きな
街の活気を取り戻していくのを今後も見てゆきたいと思いました。
2011.10.28 Friday │ Photography
水を飲んだ写真は美しい
9月初旬はミャンマーに行っていた。
夏の終わりが近づいていた日本から再び真夏へ戻ってゆくような旅だった。
現地では少数民族の暮らす湖水地方や乾燥地帯などをフィールドワークしたが、
地域によって随分と温度差もあり、国土の広さをあらためて感じた。
又、仏教大国とはいえ近年二度に渡り訪れているブータンとも違い、
寺院や僧院、修行の場はミャンマー特有で滞在日数は10日間と
いつもに比べて短かったものの、多くの知恵を得た。




きっとそれほど時間を空けることなく、僕は再びこの地を踏むと思う。
日本に暮らしていると入ってくる偏った情報のこともあり、
すでに軍事政権というイメージがこの国の素肌を覆っているという
傾向もあるが、旅をすることでその覆いは随分と剥がすことが出来た。
外からのイメージが内部では全く違っていたというのは良くある話しだが、
どこの文化圏を歩んでいても互いに顔の見える人々と出会うことで、
距離を掴み直すことが可能となる瞬間がある。
だから渡り歩いて思考は鍛えたい。
肌身で距離は計りたい。







帰国後は新作制作のため、暗室や個展の準備などで慌ただしくしていた。
そして気がついたら一週間後には再び飛行機に乗って移動。
フジヤマが蒼く澄みきった空にくっきりと見えた。
関西では特別講座、トークイベントなどが縦続いていたが楽しい時間を過ごした。
各会場にて集って頂いた皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。
写真熱に冒された若者達にも会えて嬉しかったな。





久しぶりに横浜へ戻ったら、夜の風が秋を運んでくれた。
それから間もなく、台風が各地に被害をもたらした。
近所でも畑に木が倒れ、畑に立つ人を困らせていた。
海辺はいっそう大きな風が吹いたらしい。
家に帰り着かず、風が去ってから家に帰ったアシスタントは
家から吹き飛んだ物を思いもしないところで幾つも見つけた。

今週も写真を一枚ずつ掬うように制作している。
暗室の水洗場で、まだ水中に揺らぐ写真をじっとみている。
写真は踊り、回転しながら泳いで、やがて色彩も落ち着き、定着する。
水から掬い、並べられた写真は同じネガから像を結んだとしても、
決して一枚と同じものはない。
収穫された果物のように。
翌朝、あらためて写真を机に広げ、空気にさらす。
一度水を飲んだ写真は美しい。

それにしても秋に入り、空はうんと高くなった。
Coccoの歌声を聞きたくて、ライブへ行った。
透き通った言葉が頭上を舞って、あらゆる境界線が透明な線と重なり、
拓かれた土地を望むことが出来た。

帰り道、海から東京の明かりを見た。
いつもより澄んだ夜空の下で空気が凛としていた。
9月は真夜中に去ってゆき、遠くの秋雲が僕らの町にやって来るのが見えた。
2011.10.03 Monday │ Trip
日印グローバル・パートナーシップ・サミット2011レポート!
津田さんが海外に行って留守中に、ザ・プリンスパークタワー東京にて
開催された「日印グローバル・パートナーシップ・サミット2011」に参加してきました。



開会式には、日本の元首相陣の森さん、鳩山さん、安倍さん、管さん、
インド側からも今回のサミットの発起人ヴィバウ・カント・ウパデアーエ氏や
共同議長のサム・ピトローダ氏などが続いてスピーチされ滅多に見られない
顔ぶれが揃った開会式でした。
会場ではお互いの国の文化を写真を通して知るために日本、インドから
約25名の写真家の作品が展示され、津田さんも「漕」を展示しました。



今回のサミットは両国間の今後のビジネスの取り組みについてが
主題だったので3日間に渡って農業、医薬品、エネルギーと環境、
ITなどのビジネスについて毎日セッションが沢山行われていました。
残念ながらサミットのプログラムの中では文化面、宗教面などは
あまりふれられていませんでしたが搬入、搬出などでインド人と
やり取りを交わし、3日間会場にいるだけで見慣れたということもあるのか、
今まで文化が違いすぎてあまり接触がなく遠いと感じていたインド人を
身近に感じると同時に人間としての安心感、温かさや彼らから
溢れ出ている生命力を強く感じました!
日本にいながらまるでインドを旅しているような錯覚も起きました。笑
またビジネスの場でも、日本人同様のスーツ姿に頭にターバンを
巻いているインド人男性、サリー姿のインド人女性からは
インド人の民族や家族としての結束力を感じました。

開会式、閉会式の挨拶の時にひと際目立っていた人がいてどんな人
なんだろう、と気になっていたのですが、彼はISHA財団のヨギ(指導者)
であるサドゥグルという人で、挨拶の時に歌を歌っていたのですが、
その歌声はとても慈悲深く、会場で聴いている人の心を1つに
掴んでいるようでとても強く印象に残りました。

閉会式の最後には、今回のサミットを主催したヴィバウ・カント・
ウパデアーエ氏の若い頃の日本語の先生である恩師が壇上に上がり
スピーチされたのですが、とても緊張しながらのスピーチの後に、
その先生から「彼は若い頃私の家まで11時間かけて週3回日本語を
習いに来ていたのよ」という話を聞き、主催者の日本とインドの
関係をつなごう、という情熱と長年の努力に心打たれました。
このような大きな国際的なサミットですら、一民間人が抱いた夢が
形になったものだ、ということを知り、ヨギのサドゥグルが
言っていたようにunorganizedなインドと秩序のある日本は
全く反対のような国だけれど、お互いが上手く協力し合い、
サポートし合えるような良い関係が今後築いていけると良いな
と思いました。
2011.09.10 Saturday │ Report
葉月の終わりに
8月に入ってからも動き回っていた。
フィールドワークでは諏訪を訪れた。
長野、山梨辺りは歴史を紐解くと今でもミシャグジなど道祖神や
土着の信仰が根付いているので、興味深い聖域が各所に点在している。
加えて縄文文化においても多くの遺物が発掘されており、尖石遺跡・縄文
考古館や井戸尻考古館はいくら時間があっても飽きることのない場所だった。
ここでは蛇信仰の原点かと思えてしまうくらい、素晴らしい土器を
数点見ることも叶った。それだけで来た甲斐は十分にあった。




帰路、知人が山梨のTraxにて展示を行っていたので立ち寄った。
緑に囲まれたギャラリーは呼吸がちっとも息苦しくないので、
深く吸い込むことが出来る。本来、モノを見たり、触れたり、
作ったり、交ざり合うためには余白の領域が意外に必要。
それは空白ではなく、空=そらのような空間として僕らを無邪気に解放してくれる。
一本の樹ですら重なり合うことは互いを侵すことのはじまりな訳で、
風通しの良い程度が成長への道をより育む。


山梨にある清里フォトアートミュージアムも心地良い場所に佇む美術館で
「グレート・スピリット」展を観に行った。
ここでも都会では味わうことの出来ない緩やかなひとときに時を忘れ、過ごした。
展覧会ではエドワード・カーティスのネイティブアメリカンを辿った
ポートレイト群が際立って美しく、プリントを眺めながら被写体となった人の
生きていた時間を想いながら、一枚一枚をゆっくりと歩みながら見て回った。

横浜に戻ってからは、連載や新聞の原稿書き、新作へ向けて暗室作業、
秋に控えている展覧会の準備などを進めている。
まだ構想を練っている段階ではあるが、ようやく先週から新たな輪郭が見え始めた。
本当はこのまま暗室にこもって制作とゆきたいところだが、明日から少し旅に出る。
夏が終わる前に再び亜熱帯へと向かう。
帰国したら関西にて二つのイベントが待っている。
ブータンのイベントはなかなか面白いことになりそうだ。
西ブータンから東ブータンへ、更に北インドへと向かう道で覚書のように撮った、
写真をスライドで流します。
ご興味のある方は是非!
2011.08.31 Wednesday │ Trip
「東北の底力、心と光」を観に。
ブータンから帰ってきて2週間が経ち、ずっと移動が続いた
身体もようやく落ち着いてきました。
先日津田さんと、六本木ミッドタウン内にある
三宅一生さんがされている21_21 DESIGN SIGHTで行われていた
「東北の底力、心と光。『衣』三宅一生」展を観に行ってきました。


安藤忠雄さん建築の展示空間には、1970年代ころから三宅一生さんが
関わって共に服を作り上げてきた衣装や東北各地の様々な織物が展示されていました。
初めてISSEY MIYAKEのプリーツ・プリーズシリーズの服が出来上がる
行程をビデオで見ましたが、おじさんやおばさんが2人で絞り上げた布を
熱々の蒸気の中で蒸す、という驚愕の作り方でした!
まさに職人にしか出来ない意地とプライドとどこまでも美を追求する
デザイナーが合わさって出来上がった一着なのだと感動しました!
その他、青森のこぎん刺しや宮城の白石和紙で作られた紙衣という服など、
出来上がった布(服)は見とれてしまうような美しさでしたが、
それを田舎のおばあちゃん達が一針一針塗って作っているところを想像すると
夏場の繊維の収穫から冬場の織る作業まで本当に時間と気持ちが込もったものだなぁ、
とますます作られたものに対する親しみが沸きました。
また実際に東大寺のお水取りで着られた紙衣も展示されていて、
あんなに火をたくさんつかうところで紙の衣装で大丈夫なのか!と驚きましたが、
しっかり裏地もつけられ丈夫にできていました。

出口付近に展示されていたパネルで今回のディレクターの1人である
佐藤卓さんが心に響くことを刻んでいました。
宮沢賢治の詩にも出てくるように東北の人達は、辛抱強く、
身体が丈夫で、穏やかな表情で、優しくて謙虚。
そんな彼らから生み出されてゆく手間ひまのかかる伝統的な手仕事の姿さえも
合理性や便利さ優先の現代社会が徐々に変えていってしまっている現実がある、
というようなことを書かれていてとても考えさせられました。
1週間という短い展示期間でしたが、今も受け継がれている東北の伝統文化に
我々を出会わせ、東北と私達を近づけてくれるような記憶に残る展覧会でした。
2011.08.01 Monday │ Fashion
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